千野境子『インドネシア9・30クーデターの謎を解く-スカルノ、スハルト、CIA、毛沢東の影』 [本]
歴史ドキュメントで、マヤコフスキー事件、白鳥事件、黒川創『暗殺者たち』を読んできたのですが、
「1965年10月1日未明、インドネシアの首都ジャカルタ。時のスカルノ政権転覆の動きを阻止するとの名分で陸軍左派がクーデターを起こす。陸軍戦略予備軍司令官スハルトは直ちにこれを鎮圧、クーデターの影の主役だとしてインドネシア共産党(PKI)を一掃する大弾圧を行い、結果、夥しい数の犠牲者が出た。・・・」
というインドネシアの9・30事件についての話。
インドネシア9.30クーデターの謎を解く: スカルノ、スハルト、CIA、毛沢東の影
- 作者: 千野 境子
- 出版社/メーカー: 草思社
- 発売日: 2013/09/28
- メディア: 単行本
これに先立つこと、「オランダとの独立戦争のさなかの1948年9月18日、PKIなど人民民主戦線と国軍の一部が反乱を起こし、ジャワ・ソビエト共和国を樹立した。しかし革命政府はまもなく倒れ、PKIは壊滅的な打撃を受けた。」マディウン事件なるものがあったことを知りました。
また、この事件を題材にした映画『危険な年』(1984年、オーストラリア。主演メル・ギブソン、シガニー・ウィーヴァー)がありましたが、このタイトルが、スカルノ大統領の1964年(9・30事件前年)に行った独立記念日の演題ということを知りました。この演題は、古今東西の書物引用をするスカルノが選び、元はイタリア語であるそうです。
オランダからの植民地解放後、国内危機を外に向ける対マレーシア政策が事件の呼び水になっているようです。連邦国家マレーシアの背後にはイギリスが黒幕として控え、東南アジアにおける影響力を強めるものとし、対決色を強める中で、事件が起こる条件があったようです。
インドネシア共産党の創設にかかわった人間として、植民地宗主国オランダ人のヘンドリック・スネーフリートの名が記されていました(P109)。彼こそマーリン(馬林)という偽名でコミンテルン代表として中国共産党の設立にもかかわっています。この時代の活動は、波多野善大『国共合作』(P39)で詳しく書かれていて、
孫文らとも交渉しています。後にはトロツキーと反対派を形成したり、最後はオランダに侵攻したナチスへのレジスタンス運動を行い、つかまってインターナショナルを歌いながら絞首台に向かったそうです。
もう一人、スハルト政権下で国連総会議長も勤めたことがあり、最後は副大統領になったアダム・マリクのCIAのスパイ説。もともとマルクス主義者だったが、駐モスクワ大使を務め、共産主義社会を現実に体験した。そこで共産主義への幻滅が生まれたという。「かつて共産主義に傾倒したとしても、ソ連勤務の結果、これはインドネシアが従うべき道ではないと私は確信した。」現実に触れた者だけが知ることの出来た早い覚醒だったのでしよう。
陸軍左派のクーデターによって殺害された7人の将軍たちへの赤色テロ(P124)もだか、アメリカの黙認によってスハルトによる白色テロが暴君のように暴れまわった(P198)。民謡『ブンガワン・ソロ』の甘い旋律で有名なソロ川は「人々の血で真っ赤に染まった」という。
この本では、この凄まじさがわからないので、ヴィジャイ・プラシャド『褐色の世界史』(バリ-共産主義者の死)から補っておきます。
- 作者: ヴィジャイ プラシャド
- 出版社/メーカー: 水声社
- 発売日: 2013/03
- メディア: 単行本
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- 「この65年から66年の共産主義者狩りで、バリ島の人口は8パーセント、約10万人減少した。・・・この事件について訪ねられた生存者は、恐怖のただ中の光景を思い起こしている。」「通りという通りが肉片や内臓や血で一杯になり、河川は氾濫して死臭を漂わせた。」(P187)「この虐殺に対する怒りの声は、世界中のどこからもほとんど聞こえてこなかった」(P188)
- 「この65年から66年の共産主義者狩りで、バリ島の人口は8パーセント、約10万人減少した。・・・この事件について訪ねられた生存者は、恐怖のただ中の光景を思い起こしている。」「通りという通りが肉片や内臓や血で一杯になり、河川は氾濫して死臭を漂わせた。」(P187)「この虐殺に対する怒りの声は、世界中のどこからもほとんど聞こえてこなかった」(P188)
- なぜ、こんなことが起こってしまったのか?
千野氏はしずかに取材をすすめ、「第五章 毛沢東の扇動」という章にいたる。そこに中国の世界革命戦略がすえつけられているとのことです。詳しくは、本を読まれたし。
それにしても、事件の“犯人探し”に関心が行き過ぎた。クーデターはインドネシアの伝統的人形影絵劇ワヤンなのでしょうか? 劇中の影を映す人形とそれを操る人間の姿。そんな左翼冒険の劇としても、現実は、血まみれの観客がどれほどいたのか、私の関心はそちらに流れてしまいます。
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